実家の犬が死んだ。

私がまだ小学生のときに家にやってきた、メスのシーズー犬。
犬が飼いたくて仕方がなかったわたしは、犬のぬいぐるみを本物に見たてて気持ち悪いくらいにかわいがったり、
図書館で犬の飼い方の本を借りてきたり、近所のペットショップに出かけたりして、
いかに自分が本気かということを両親にアピールしていた。

そんなわたしの熱意に押され、ついに犬を飼うことになった。
バレエのレッスンの帰りに、たまたま寄ったちょっと遠いペットショップでのこと。白と茶色毛の鼻のつぶれたシーズー犬がいた。

わたしがガラス越しのゲージの前に立つと、手招きをするような仕草でガラスを叩き、くーんくーんと鳴いた。
「わたしをここから出して」という声が、今にも聴こえてきそうだった。
その日、今まで貯めたお年玉をはたいて、犬を買った。

4月の下旬に、調子が悪くなったと連絡を受けた。ちょうどゴールデンウィークでわたしが実家に帰る前のことだった。

仕事を終え夜行バスに飛び乗り家に帰ると、彼女はガラスで覆われた酸素吸入器の中にいた。
その中にいないと、もううまく息をすることもできなかった。

何も食べないけれど、もしかしたらあれなら食べるんじゃないか、と
昔好んで食べていたケンタッキーのチキンや、
ムーンライトというクッキーを買って来たりもしたけれど、見向きもしなかった。

このゴールデンウィーク中は、あまり外にも出歩かず、ずっと彼女の傍にいた。
コトコトと音を立てる酸素吸入器の隣で、本を読んだり、映画を観たりした。

京都に帰る日、家を出なければいけない時間ギリギリまで、頭をなでていた。

薄々気付いていた。
もうわたしの人生において、二度と彼女に触れられることはないだろう、と。彼女に会えることはないだろう、と。
こんなにも可愛くて大切で大好きなのに。
もっともっと一緒にいたいのに。

出会ったときは両手に乗るくらい小さくて、どこでも元気に走り回っていたのに、
いつの間にかおばあちゃんになってしまっていたんだよね。
ずっと一緒にいたから気付かなかったよ。

それから数日後、眠るように息を引き取ったと母親から連絡があった。
享年14歳。15歳まであと21日だった。
亡くなる1時間くらい前に、突然大きな声で「ワンワンワーン」と吠えたらしい。
きっとそれはお別れの挨拶だったのだと思う。

lomo

いつかまた会ったら、一緒に枕を分け合ってお昼寝をしよう。それまでにいびきをかく癖は直しておいてね。
今まで本当にありがとう。

長いお別れを。

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