「老いて思い出すのは、昔のことばかりです」

月日が経つのは本当に早いもので、兄の結婚式から一年が過ぎてしまった。

わたしの祖父は父方・母方と既に亡くなっているのだけれど、祖母はともに元気にしている。
元気にしている、といっても体の方は思うように動かないらしく、どこに行くにもガラガラを引いている状態だ。

父方の祖母とは実家で一緒に住んでいた。よく喋るし賢い人だが、昔からめったに外に出ない。
スーパーへの買い物なども全て祖父が行っていたし、散歩などにも一緒に行った記憶がない。
いつも同じ場所に座って、あずき色のキャンパスノートに毎日必ず日記を書いていた。

4年前に転倒して腰の骨を折ってからは、さらに外出の回数が減った。
父や母が休日に誘っても、どこにも行きたがらないらしい。
ついに、2年前に近所に桜を見に行って以降、一歩も家から出なくなった。

兄の結婚式の日取りが決まり、軽井沢で式を挙げることになった。
式を挙げて、披露宴をして、写真を撮って、ホテルに泊まる。移動も多いし、かなり心配だったと思う。
父と母はこの日のための「予行練習」として、一度祖母を式場に連れて行き、周辺を案内して回ったらしい。
最後まで出席することを悩んでいた祖母は、「これなら大丈夫だろう」と納得し、臨んだわけだ。

そして当日。祖母はまわりの手を借りながら、時々不安な表情を浮かべながらも、一日を乗り切った。
次の日帰宅した後はさすがに疲れた様子だったが、しきりに楽しかったという言葉を連ねていた。

途端、わたしの手を強く握りしめながら、こう言った。
「もうこんなにも外に出て歩くのは、これが最後よ。わたしの人生、これが最後。」

「そんなこと言わないで」と出かかった言葉をとっさに心の奥に押し込めて、
「そうだねぇ、良い思い出になったね」と笑った。
きっと祖母は、自由に動き回ることができない分、この日の思い出を何度も反芻して楽しむのだろう。

月に一度くらいのペースで、祖母とはずっと文通をしている。
わたしがハガキ一枚で近況を送るのに対して、便箋にびっしり5枚以上の返信が届く。

今朝届いた手紙には、「老いて思い出すのは、昔のことばかりです」という書き出しに続き、
一年前の兄の結婚式のことが書いてあった。

わたしも最近、同じことを思い出していたよ、おばあちゃん。