高校の頃1年間カナダに留学していたのだけれど、ホームステイ先の家族は英語がネイティブではない若いオランダ人の夫婦で、ホストファザーマザーというよりは兄弟姉妹のような関係で暮らしていた。ホストファザーのRonaldはちょっと横柄なところがあって、よく周りを困らせていた。声が大きく、端的にはっきり話す彼の言葉にはすごく力があって、時に怖くて、時に励まされたりもした。

ある夜、ホストマザーが家を空けるため、Ronaldと二人で夕飯を食べにいくことになった。二人っきりで出かけるのは初めてで、わたしは少し緊張していた。
マクドナルドでぺこっと凹んだハンバーガーを食べた後に、映画を観に行って、帰りにDairy Queenでサンデーをテイクアウトした。ちょっと遠回りをしてドライブをしながら昔のことを話したり、学校のことを話したりした。規格外の大きさと甘さを兼ね備えたサンデーは、いかにも外国って感じがして、食べるのが楽しかった。

わたしがカナダにいたのはちょうど9.11が起こった年で、どこに行ってもよく話題に上がっていた。その日もちょうどはしゃぎ疲れた頃に、Ronaldとこの事件について話をしていた。

「でも結局一番わからないのは、なんで[人を殺しちゃいけない]っていう単純なことがわからないのかってことね。どう考えてもいけないことじゃない。」
とわたしが言うと、彼はサンデーにトッピングされた赤いm&mをスプーンでひとつすくって、
「ヒロコ、これが何色に見える?」と聞いた。
「赤でしょ?」
「なぜ?」
「だって赤は赤だもん。他に答えなんてないわ。」
「そういうことさ。これが赤い色と教えられれば赤だと認識する。だけどこれを青と教えられる人間も世界にはいるんだ。」

ああ、なるほどとひどく納得してしまって、その後家に着くまで一言も喋ることができなかった。すごく心に残った、意識を変えられた言葉だ。

わたしが日本に戻ってほどなくして彼らは離婚してしまって、今でもホストマザーとはたまに連絡を取るけれど、Ronaldとは空港で見送られたあの日から一度も連絡を取っていない。彼は元気だろうか。あの楽しかった夜のことを覚えているだろうか。